私の仕事、私の考え

【女性活用 (経営者向け) 】

「2020年までに女性管理職30%」が動き出した。
経営者には、「目標達成」と考える前に、ぜひ知ってほしいことがある。

女性社員の「ハンディ=周囲に吹く逆風」の存在だ。
管理職をめざす女性は、仕事と逆方向の、実に「6役」をこなすのだ。

1 可愛い恋人
2 優しく従順な妻
3 できた嫁
4 かしこい母親
5 親孝行な娘
6 イイ女

負担が重いのに、男性管理職にはほとんど問われることはないものだ。
やる気と能力にあふれて入社した女性社員年を経て
この逆風に直面すると 徐々に仕事にブレーキがかかってくる。

逆風の正体は「女性は本来こうあるべき」という昭和型の社会通念だが
同僚男性、親族という身近な逆風が意外に強く、ジワジワと効いてくる。

時代の建前は変わっても「男性の感情」は急に変わらないからだ。
まして、「既得権を失うか?」という井の中で戦々恐々としているのだから。

これらの逆風を自分1人の力で乗り切ろうとすると、まだ相当な精神力がいる。
すでに逆風を乗り切り、自己肯定している女性メンターのサポートが必要だ。

そして経営者・経営幹部は、女性社員をぜひこの逆風から守ってほしい。
「鶴のひと声」で社内の逆風を一掃してほしい。
逆風に流されそうになっていたら、引っぱり上げてほしい。

「女性の能力」を男性と比較するのは、それからだ。

【女性活用 ( 女性社員向け ) 】

女性社員は、絶対に仕事を辞めてはいけない。
出産も育児も介護も簡単ではないが、
「辞めない」と覚悟を決めたらいろいろな知恵がわく。

新たな出会いがあり、行動も起こせる。
自分だけで抱え込まず、夫、子ども、外部などいろいろな手を借りればいい。

その方がいいことだって多い。
仕事でやっている「アウトソーシング」と同じだ。

「辞めようか」と一度悩み始めると、ほぼ必ず「辞めよう」の方向に行く。
残念ながら、家庭という場所の周辺には、「逆風」が吹いているから。

「優しく従順な妻」「できた嫁」
「賢い母親」「親孝行な娘」になれと待ち受ける。
社内外の「キャリアを積む女性に対する嫉妬」という逆風もある。
悩んでいると、すぐに押し戻されてしまう。

変化が激しく、稼ぎにくい時代、育児のためのブランクも短い方がいい。
「技能がさびつく」「再就職が難しい」のも一理あるが
子育て期は自身の仕事への使命感が下がり、1人で元に戻すのが難しいからだ。

入社したらすぐに、「長期のライフプラン」を立てること。
恋も結婚も、出産も育児も、やりたいことは全部最初に入れておく。
40代になって「やりたかったけれどできなかった」とあせらないように。

「すべての女性が輝く」理想郷など、まだまだ遠いのが現実。
魑魅魍魎のオヤジ社会の動向を見極めながら味方を増やし、
自分だけでもしっかりと生き抜いていこう。

「やりがい」そして「管理職」は、その延長線上にある。

【公私混同経営 ( メンタルヘルス )】

2013年からの第12次労働災害防止計画の中でメンタルヘルス対策が重点化され、
労働安全衛生法ではストレスチェックが義務づけられた。

ここでは、基本的な「社員間の心理的な相互理解」という点に注目する。
昨今、40代以降の「ちゃんとした社会人」による犯罪が目立つ。

経営者の目には「子どものような幼稚な考え」に映っても
「頑張りに報われていない」「わかってもらえていない」
「今までの分を返せ」という負の感情は意外に大きなエネルギーで、
罪悪感のない「仕返し」だからこそ企業に与える損害は甚大だ。

社員は、自分や家族の体調や心理状態が悪い時もある。
家族のトラブル、妊娠や出産などの変化、介護、
キャリアの悩みなどで全力を出し切れない時も、転勤や昇進を受けたくない時もある。

アグレッシブに動いて、とんでもない失敗をしてしまうことも。
今の職場では、それらはひとつでも「負け」となり、脱落。
ひたすら隠しながら、「何もない」人だけが熾烈な戦いに臨んできた。

「公私混同するな」「家のことになどで煩わされずに仕事に邁進しろ」
こんなスローガンを唱えて女性を切り捨ててきたが、
これではストレスもたまるはず、社員間もギスギスするはずだ。

このエネルギーロスは大きいが、埋めるのは意外に簡単だ。
社員同士がオープンに互いの事情を理解し合い、賞讃し合い、助け合う。
「公私混同経営」である。

とはいえ、特に中高年を中心に「フランクな会話」になど慣れていない。
方針を掲げるだけではなく、具体的なノウハウを指導することが必要だ。

【技術職の接客マナー】

「以前のように『技術』が尊敬されなくなってきた」
ガス、電気、機械、建設など、暮らしに密接な関わりを持つ分野の技術者が、
顧客のクレーム対応に悩んでいる。

原因は3つある。
1 修理、リフォーム、工事現場などで「主婦」と直接向き合う機会が増えた
2 技術の進歩が期待値の増大を招き、「できない」ことが許容できなくなった
3 オーバースペックで実はこなせず、バカにされたような気がする
いずれも、技術面ではなく、実は心理的なことである。

専門技能職は概してプライドが高く、顧客には無愛想、説明不足と写るのだ。
この状況をチャンスに変えるために、必要なのが「技術職の接客マナー」。
「クレーム対応」などの「予防策」ではなく、「営業戦略」として、である。

家庭内で顧客と近距離で向き合う時間は、クレームの危険ゾーンともいえる反面、
「次のニーズを聞き出す」「顧客の紹介につなげる」絶好の時間である。

顧客の心理状態「認めてほしい」「大切にされたい」を理解し、
適切な態度、身だしなみ、立ち居振る舞い、言葉がけなどを学んでほしい。

技術職の仕事が「人件費+クレーム対応費」として経費増大するのではなく
「人件費ー営業投資」として経費圧縮になれば、経営効率も上がる。

【店舗の美化】

店舗 ( 飲食、理美容、クリーニング、医院など ) は、「メディア」である。
一生懸命にウデを磨いていても、店頭が汚いと、顧客は二の足を踏む。

「古いから」「忙しいから」「置き場所がないから」と自分本位に考え
「行列ができるラーメン屋は汚い」などと現状に甘んじていては
常連の高齢化に脅えても、新規顧客の獲得や特に女性客の獲得は厳しい。

店員に「掃除しておいて」と言っても、
何をどうしていいかわからないから動けない。

1 店舗を外から、徹底的に顧客目線の「地動説」で見る
2 「接客」「作業」「倉庫」のエリアごとに美化の重点ポイントを知る
3 キレイに見えないモノを捨てる
4 就業時間にできる掃除法で「キレイな店」を印象づける
5 就業時間にできる整頓方の数々

この5つの法則に従って具体的なノウハウを指導し、鍛えていく。

【ハウスメーカー・工務店】

家の造り方で、掃除のコスト ( 時間・体力・費用・心の負担 ) は大きく変わる。
ハウスクリーニング業で20年間、3,000件以上の家を訪問したが、
「掃除しづらい家」がとても多いのに驚く。

手入れ方法がわからない素材
手が届かない設計
汚れを招き寄せる構造
美し過ぎてすぐ汚れる色あい
分解する気にならない複雑な機器
製造者も手入れ方法を知らない奇怪な設備

それぞれに具体的に挙げればキリがない。

女性は掃除を「家族のための仕事」「自分がやらなければ」と捉えているので、
なぜかクレームにもならず、製造者の耳には入らないようだ。

これからは高齢化、共働き増加などで掃除にコストをかけられない時代。
現場でのデータを活かし、「掃除コストの低い家づくり」に寄与していきたい。

【シニア社員のリセットと接遇訓練】

定年後、自社での再雇用を希望する社員。

その客観的な能力と、会社( 社会 ) が求める役割・待遇は、
残念ながら合わないことが多い。
仕事内容では、内勤ではなく、現場または顧客対応となるだろう。

年下の上司 (元部下?)との良好な関係が求められるにも関わらず、
それを感情的に受け容れることがむずかしい。

「自分がやりたい」ことではなく、
「社会から自分が求められている」ことは何かを明確にし、発想の大逆転を促す。

シニアでは、清掃、警備、介護などの現業職は、地方でも引く手あまただ。
むしろ、その分野に管理職を経験した男性が積極的に参戦して、
仕事を合理化したり待遇を向上させたりしている事例がある。

社内にしろ社外にしろ、シニアの仕事を成功させる鍵は、実は「接遇」だ。
ほめる、謝る、会釈するなど、徹底的に「人の下に潜る」ワザを身につければ
どんな職場でも大切にされ、第二の人生はイキイキと輝くのである。

【幼稚園・PTAなど保護者会】

「子どもに片づけを教えたいが、どうすればよいのかわからない」
多くの保護者の共通の悩みのようだ。

正しいしつけをしなれば、という思いに応える前に、
まずは時代背景を読みながら「どんな大人に育てたいのか」を確認する。
今の子どもは、半数以上が「今は存在しない職業に就く」と言われている。
それぐらい変化の劇的な時代だということだ。

保護者が、子どもの頃から培った20年前の価値観で、
15年後に活躍する子どもを育てると、35年もタイムラグがあり、ズレる。
今正しいことも、10年後には正しくなくなるかもしれない。

こんな時代の子育ては「価値観を受け継ぐ」よりむしろ
「新しい価値観に対応できる自信を育てる」「人といい関係を結べる」ことが大切だ。

言葉ではなく、身体感覚として。
そのためには
「子どもの心に自信を育てる」←「子どもに考えさせる」
「子どもをほめる」←「親がゆとりを持つ」←「親が自分のやりたいことをイキイキとやる」という流れで、親自身の人生を肯定する必要がある。

その上で「片づけ法」を具体的に指導。
この前段がなければ、実は「モノを大切に」から
「モノを上手に手放す」への転換がスムースに進まないのだ。

【仕事を続けてきたからこそ】

高校時代は、短大志望。
「大卒なら3年だが、短大卒なら5年も社会のために働ける」という理由で。
そんなにブレているので、教員採用試験を始め就職試験では不合格を連発。

最後にかろうじて合格した企業に2年勤めて寿退社。
何の迷いもなく、「ありがとう。私は幸せになります」と百恵ちゃんの心境。
出産前後に恐る恐る仕事を始めたが、子育て中も続けられた理由は2つある。

第一に、子どもが保育園のころに聞いた母の言葉だ。
「いいわね。あなたは理解のあるダンナさんがいて。
私のころは、子育てのせいでやりたいこともできなかった」

今、老人ホームで無邪気な顔で穏やかに過ごす母を見ると
「確かにしかたがなかったのかもしれない」と当時の普通の女性が
置かれた立場も理解できるが、言われた時はカチンときて、心に刻んだ。

「私は、自分の人生の顛末を絶対に人の、まして子どものせいにはしないから」
だから、やりたいことは迷わずにやり続けようと決めた。

第二に、掃除の会社のオーナー社長が強烈に後押しをしてくれたからだ。
子育てしながら私が思い悩むことを、ものすごいパワーで肯定的に逆転させる。

「あなたのようなエネルギーのある人は、ずっと子どものそばにいちゃダメ」
「あなたのやり方について来られない人は、全員辞めてもらってもいいから」
「夫は単身赴任でも、たまに会うから一緒の時間をいっそう大切にできる」
「ドイツでは、ベビーシッターの手を借りて残業するのは常識」
「忙しく仕事をしているからこそ、子どもとの時間も愛おしく思える」

毎日こんな言葉を聞かされて、「つらいから辞める」なんて言い出せなかった。
この社長には、心から感謝している。心がとてもスッキリしているのだ。

やりたいことをやり、できないことは「自分のせい」だと思える。
人のいい部分を見つけて素直に「すごい」と思える。
家族と適度な距離があり、心から「大切なひと」と思える。
見えなくてもお世話になる人の存在を感じ、「ありがとう」と思える。
どんな仕事も大変なことがわかるから、少々のことは許そうと思える。

お金、時間、人づきあいの自由。
50代になったからこそ見えてくるものなのかもしれない。
だから、女性は絶対に仕事を辞めてはいけない。

【「掃除」が私のプライド】

金色、黄色、オレンジに光モノ、ミニスカートにハイヒール。髪にメッシュ。
講演会や交流会にでかける時、私は ( がんばって ) かなり派手な服装で行く。

さすがに最近は少々「イタく」なってきたが、ひるんではいられない。
なぜなら、私が「掃除屋」だからだ。

CAやモデル、アナウンサーでは、少々華やかでもシャレにならない。
名刺交換し、「掃除屋です」と言うと、皆さんが一様に「え?」と意外そうな
顔をしてくれるのでおもしろい。

働き盛りの30歳から50歳まで、掃除の現場の仕事を20年やってきた。
COOとして現場の全責任を持ち、逃げ出すわけにはいかない立場で。
恵比寿ガーデンテラスに年末になると飾られるバカラの巨大なオブジェ。
毎年油でベタベタの髪とヨレヨレの体で、横目でながめて通り過ぎた。

20世紀末の狙撃事件の時は、全身黒のユニフォームを着て
現場マンションで朝から掃除をしていたので、何度も警察に呼ばれて事情を聞かれた。

お台場のグランパシフィックホテルはいつも裏口から通っていたためか
未だにオモテから行くと気後れがする。
20年間、必死にやってきて肌で感じたこと。

掃除はなくてはならない仕事なのに、存在を顧みられず、「地下の世界」扱い。
結果、なり手がいない。いつも人手不足状態だ。

やっている人も「掃除ぐらいしかできないから」と謙虚、いや無気力が多い。

いま、国の「シニアワークプログラム」「人材育成事業」などの事業を通じて
「掃除の技能を教えて就労を支援する」という仕事をしている。

講座の初日も必ずこの服装で行くので、受講生がゲッと目をむく。
「もっと普通のおじさんが作業服で出て来るのかと思っていた」と。
私は、受講生に体を張って?伝えている。

掃除の仕事は、世の中になくてはならない大切な仕事だ。
汚すだけ汚して、「え? なんで掃除の仕事?」と笑う人には笑わせておけ。
でも、決してあなたたちのことをバカになんかさせはしない。
そのために、この私がここにいる。

派手な服装は、「掃除屋」としての私のプライド。
「地上の世界」の方々に「掃除」を刻み込んでもらうための舞台衣装だ。

【声】

「声」に対してコメントをいただくことが多い。
「穏やかで説得力がある、いい声ですね」
「妙な抑揚がないので、長時間でもずっと集中していることができた」
月2回のヴオイストレーニングに通って8年になる。

トレーナーの露川サエさんは、舞台演出家。
彼女の教えは
「声はその人の体内の奥深くから響き、相手のために差し出すもの」。
決して「愛される話し方」など表面的なテクニックではない。

緊張している聞き手を不安にさせたり不快な思いをさせたりしないように
常に安定した息を吐き出すトレーニングの繰返し。

たっぷりの空気に乗った声は太く、低く、穏やかで聞き手の心に届く。
そして聞き手は、思っていることや悩みを安心して話し始める。
地位や性別などに関わらず、多くの人は「息を吸いながら」話しているそうだ。

恫喝、叱責、緊張、あせりなどで早口になるときは特に。
聞き手は、その声を聞いただけでウンザリし、せっかくの内容を受け付けない。

かつて、職場の華 (カウント外) だった女性は「明るく可愛い声」を評価された。
これから管理職をめざす女性は、低く深い声をぜひ身につけたいものだ。

【ルーツ】

父方の祖父母は、土佐 ( 高知県 ) 出身。

セピアの写真には、切れ長の目にちょびヒゲの神経質そうな祖父と、物静かな日本髪の祖母。
祖父は東京海上で取締役神戸支店長を務め、戦後すぐに没した。

父たち5人の子どもにとっては、すぐに手が飛ぶスパルタ親父だったそうだ。
祖母は土佐中村の士族の末裔の娘。
「蝶々夫人」みたいに、短刀を懐に嫁いで来た。

盛夏、祖父の遺骸を荷車に乗せ、3kmの山道を1人で火葬場まで運んだという。
数年後、脳膜炎で床に伏し、一切の食を拒否して2週間。

辞世の句を残して静かに没した。
乱れた姿を子どもに見せるに忍びず、ひっそり自害したのだろうと父は言う。

父は大正15年生まれ。旧制高校から東大工学部を経て川崎重工へ。
主流である造船の向こうを張って化学プラントを立ち上げる。

米国出張で「いつかはアメリカに勝つ」との思いを心に
複雑な設計の図面を手書きで書き写していた。
ロシア、サウジアラビアと奔走するも、50代で病気のため志半ば。
社内ではホッと胸をなでおろした人が大勢いたという。

89歳の今でも私の顔を見ると
「スカートが短過ぎる」「もっと筋道立てて話をせえ」と親分風を吹かせる。

母は神戸女学院卒。
専業主婦ながら何度か社会参加を試み、父の反対で断念している。
20年前の阪神大震災以来体調を崩し、現在は老人ホームでお世話になる。
家事一切から解放されて、今までで一番穏やかな表情で過ごす。

この母からは
「自分のやりたいことはきちんとやりなさい」と教わった気がする。

私は、この人たちの直系遺伝子を受け継いでいる。

【クラシック音楽】

世界的指揮者の小林研一郎さんを心から尊敬している。
「炎のコバケン」と呼ばれ、マーラーやベートーヴェンが心の奥深く響く。

1983年、神戸中央合唱団時代に客演指揮に来ていただいて以来だ。
リハーサルでは、楽団との親密度や技量に応じてベストな対応を模索する。
本番では、目力や表情で奏者の心に挑みかかり、OKサインを送って安堵させる。

私にとってコンサートは、生のリーダーシップを学ぶ場でもあるのだ。
40年以上もほぼ穴をあけずに第一線を張り続ける姿を見て、勇気をもらう。
仕事と子育てが大変だったとき、年に数回しか行けないコンサートの楽屋で
「久しぶりですね。頑張っていますか?」と尋ねられる。

その都度、ちゃんと「はい」と答えられなければ恥ずかしい。
途中で投げ出すことなんか、できない。

「せめて次お会いするまでは」と期限付きで頑張り、
そのおかげで仕事を続けることができたような気がする。

私は正しい意味での「クラシック音楽ファン」ではないが
誰にでもこんな「一里塚」みたいなものがあれば、
意外に力がわいてくるのかもしれない。

【マラソン】

勝間和代の本に「できる女はジムに行く」と書いてあったので、走り始めた。

49歳の時だ。
初日は5分で息切れ…。
続けていると15分、25分と走れるようになり、10kmレースにドキドキ出場。

次はハーフ、そしてフルマラソンと一歩ずつ。
初回の30km以降は、歩く、走る、歩く、食べる、の繰返しでヨレヨレ…。
神戸、大阪、熊本、那覇。今でも、記録更新より「完走」が目標というレベル。
でも、マラソンを通じてフッと理解できたことがある。

「モノを捨てる」とは、マラソンと同じことなのだ !!!!

「捨てる」は、簡単な動作だが、多くの人の心にとっては
マラソンと同じほどに負担が大きい。

本を読んで共鳴したからと言って、一気には無理だ。
毎日の小さな練習で、「捨てる」と言う行為に対して「心の耐性」を育てる。
すると心のブレーキが少しずつ崩れ、「ま、いいか」と思い始める。

慣れてきたころに「大物」「本丸」に挑戦すると、
ほとんどの人がちゃんとうまくやるのである。